クリエイタープロフィール

- 織田 浩彰 喫酒 幾星 店主/バーテンダー
- 2014年、京都・祇園に「喫酒幾星」をオープン。2022年には「幾星 京都蒸溜室」を開設し、自ら蒸留を行うことで香りの表現を追求している。原料の選定から調香まで一貫して手がけ、理想の一杯を探求。現在はノンアルコールスピリッツ「miatina(ミアチナ)」の開発も進めるなど、酒の枠にとらわれない新たな味わいと体験の創出に挑戦し続けている。https://ixey.jp/

- 光川 貴浩 編集者/路地活動家
- 2012年、バンクトゥを設立し、編集を軸に多様なメディアの企画・制作を担う。2008年頃から京都の路地に魅せられ、街を歩き続けるなかで、本人いわく「Googleストリートビューより詳しくなった」と語るほどの路地ツウに。本業のほか、京都精華大学・京都芸術大学の非常勤講師や、まいまい京都で路地んの街歩きツアーガイドも務めている。
https://bankto.co.jp/
アルコールではなく、
水を選んだ理由
—— 「飲む香水」というコンセプトを掲げ、水で蒸留したノンアルコールスピリッツを手がけておられます。蒸留を始めたきっかけはなんだったのでしょう?
織田:
2019年、コロナ禍に入る直前に蒸留器を購入したのが始まりです。当時、バーテンダーの世界では「自分で蒸留する」というムーブが少しありました。ただ、その多くはアルコールの蒸留。もちろん日本では基本的に違法ですし、仮に合法でも、同じことをしても面白くないと思ったんです。だったら、いっそ100%“水”だけでやってみようかなと。
—— コロナ禍に入ると、飲食業界はアルコールが提供できない厳しい時期に突入したと思います。
織田:
はい。だからこそ、実験に没頭できました。本当にひたすら蒸留実験を繰り返し、140種類ぐらいの植物を試したと思います。その経験があるので、いまは植物の名前を聞けば、どんな香りが出るのか、直感的にわかるんですよね。
その時期に、水だけでもここまで香りが立ち上がるんだという驚きが、今の活動の原点になっています。
—— 織田さんのノンアルコールカクテルは、ノンアルコールとは思えない満足感や高揚感があります。今回、バニラの蒸留水をつくれないかという相談なのですが、植物の傾向などはあるのでしょうか?
織田:
経験上、油馴染みの良さそうな植物は、結構ダメなことが多いですね。乳製品や油分によって香りを抽出するものは、水を足しても弾いてしまって、香りを引っ張ってくることができないです。今回のバニラも、バニラエッセンスやバニラオイルなど製菓でよく使われているように、バニラの芳香成分はおそらく水とは親和性のないタイプだと思います。
バニラの蒸留実験、
甘さの裏側にある壁
—— 実際にバニラの蒸留をしてみて、いかがでしたか?
織田:
思ったより香りが定着しましたが、正直に言うと、一般的にイメージする、あの甘く華やかなバニラの香りは現段階では出ていません。
バニラはラン科の植物ですが、蒸留してみると、どこかマメ科に近い「豆っぽさ」が前に出てくる。いわゆる“オフフレーバー”です。
—— オフフレーバーとは?
織田:
飲み物の中に入っていてほしくない香りのことです。ワインの世界では、状態が悪くなったときに「豆ってる」と言うんですよ。大豆を煮たときのような、ムワッとした香り。あれが出ると評価は下がります。
豆の香りは水との親和性が高いんです。だから蒸留をすると、油分由来の甘い香りよりも、豆っぽさのほうが先に立ち上がってしまうんです。バニラも同じ構造なのかもしれません。甘く官能的な芳香成分は油に馴染みやすく、水とは相性がよくない。だから、水だけで蒸留すると、意外な表情が出てくる。それが、蒸留の面白さでもあり、難しさでもあります。
—— もし、バニラを使ったノンアルコールカクテルが実現するとしたら、どんな可能性があるでしょうか?
織田:
それはかなり明確にありますね。実はバニラのカクテルって、日本より海外でよく飲まれているんです。ポテンシャルはあるはずなんです。
さきほどは、バニラの蒸留水だけで飲んでもらいましたが、蒸留後に残ったバニラの液を使って「バニラシロップ」もつくってみました。シロップなら甘い香りがきれいに出るはずです。バニラ蒸留水の透明な香りとバニラシロップの厚みを合わせることで、バニラの香りがより立体的に際立つカクテルになると思います。
——たしかに、これは一口飲んだだけで「おいしい」がやって来ました。
織田:
さらに、カクテルらしくするなら、柑橘系の酸味を加えるといいですね。
海外で爆発的な人気を誇る「ポーンスター・マティーニ」というカクテルがあります。ポーンスターは、ポルノスター(Porn Star)という意味なんです。記事にはしにくいんですけど(笑)、ポルノ雑誌が象徴するような官能的な色彩があり、かつ華やかで自信に満ちたイメージをインスピレーションに生まれたカクテルです。パッションフルーツとバニラ(ウォッカ)という根源的な欲求に訴えるような誰もがわかりやすい組み合わせが特徴で、現在では世界の人気カクテルランキングの常連となっています。
—— カクテルの世界でも、バニラベースのものが支持されているのですね。
織田:
ポーンスター・マティーニはバニラウォッカを使いますが、ノンアルコールでこれを再構築するなら、今回の蒸留水とシロップ、それにパッションフルーツがあるとよいですね。
—— B.B.B HOUSEでは、バニラとともにパッションフルーツの栽培も検討しています。京都原産の“ポーンスター・マティーニ”が生まれたら面白いですね。
織田:
ポーンスター・マティーニは、「自信に満ちた」という意味もあると言われています。福祉施設から、そのような肯定感につながるドリンクが生まれると、ひとつの物語になりえますね。
ノンアルコールが拓く
バーの未来
—— なぜ、そこまでノンアルコールにこだわるのでしょうか?
織田:
シンプルに水だけでここまできれいに香りが出るという純粋な驚きです。そして、もうひとつは、これからのバー文化の維持です。お酒を飲む人が減っているなかで、単なる代用品ではない、新しいジャンルとしての「ノンアルコール」を確立したいと思っています。
—— 興味深いお考えです。
織田:
このプロジェクトが福祉の領域にあると伺って、最初に浮かんだのが「障がいある人も気軽に行けるバー」があってもいいのにな、と思いました。
—— 以前、精神障がいのある方が通う福祉施設を訪ねた際に、利用者の方が外食できるのは年に一度か二度ほどで、その日をみなさん心待ちにしているという話を聞きました。私たちがバーに足を運ぶときのような、あの特別な高揚感が、もっと身近にデザインされてもいいのではないかと思ったんです。一方で、お酒を飲み過ぎて体調を崩してしまう方もいると聞きました。
織田:
飲み過ぎたらダメなのは、健常者と呼ばれる方も一緒ですよね(笑)。ただ、ノンアルコールでもしっかりと飲みごたえのある一杯があれば、飲み過ぎを防ぐ選択肢として機能するかもしれません。
ノンアルコールであれば、お子さんも妊婦さんも、病気でお酒を控えている方も一緒に楽しめる。ノンアルコールは“制限”ではなく、むしろ「誰にも開かれたユニバーサルなドリンク」という新しい世界を拓ける存在だと思っています。

- 京都蒸留室の紹介
- 国内初のノンアルコールスピリッツ蒸留所。植物の香りを溶かし込んだ「飲む香水」をコンセプトに、織田さんが体感した私設薬草園での体験をボトルに詰め込んだ「miatina(ミアチナ)」を楽しめる。
- 京都市下京区六軒通高瀬川筋東入早尾町164-2 1F
営業時間 14:00~22:00
定休日 水曜休