なぜ新しい「福祉」のかたちを
試みるのか?
—— アンカー・シップ・パートナーズは日本最大の船舶投資ファンドですが、なぜATVKで「福祉」拠点を立ち上げるのでしょうか?
篠田:
僕がいまの会社を起業した原点は、家族にあります。もともと知的障がいのある弟がいて、その後、自分の子どもも同じように障がいをもって生まれてきました。3世帯の将来を考えた時、銀行員の給料ではとても無理だと感じ、必然的に起業するしかありませんでした。身内が社会のいろんな方に助けていただいている中で、どこかでその恩返しをしたいという想いがずっと心の中心にあったんです。そのため、まずは稼がなければとビジネスに集中し、会社の屋台骨が整ったタイミングで、いよいよ福祉に関わることを本格的にやりたい、と。そんな時にご縁をいただいたのが、このATVKという場所でした。すぐ隣りに新幹線が走っていて、案内してくれた方は「騒がしくてすみません」と仰っていたんですけど、僕には新幹線を望めるカフェの構想が浮かんで最高の立地だなと(笑)。そんなことから、このプロジェクトが始まりました。
—— 参画したみなさんは、それぞれ形は違えど福祉領域に関わってこられました。
北辺:
ぼくはもともと珈琲事業で起業したんですが、聴覚に障がいのあるスタッフと出会い、福祉の現状を目の当たりにしました。彼らの働き口はあまりに少なく、就労支援の現場を見に行っても、たとえば「割り箸を1膳袋に詰めて0.5円」といった仕事がまだある。しかも、1日のノルマが2000個とか言われ、逆に精神状態が悪化してしまう。工賃の低さに加え、仕事のバリエーションも少ない。これでは働く人の意欲や生活が向上するはずがありませんよね。この構造的な課題を、自分の事業の力で変えられないかと思ったのが、福祉と向き合うきっかけになりました。
岡山:
建築家として福祉施設の設計に関わってきたのですが、大きな転機になったのはコロナでした。関わっていた仕事のほとんどがストップし、ただただ時間と体力を余していたときに、地元の福祉施設と共にシェアファームを開墾したんです。それ以来、その福祉施設を中心にマルシェをしたり、仕事スペースや遊び場として日常の行動導線のひとつになりました。自分自身の体験から、福祉の可能性は、地域との関係性の中にこそあると考えるようになりました。たとえ、自分にもしも万が一のことがあったとしても、いつも出入りしている福祉的な場があることで考え方が変わりました。
髙桑:
長年、高齢者福祉の現場にいますが、岡山さんの言うように、福祉はどうしても「専門性が高い」「閉鎖的」というイメージをもたれがちです。安全を優先するあまり、地域との間に見えない壁ができてしまう。今回、カフェのような誰もが立ち寄れる場所をきっかけに、福祉との接点がなかった人が自然なかたちで福祉に触れ、かつて地域にあった助け合いの文化を少しでも取り戻したいと考えています。65歳以上の人口がピークを迎える2040年には、この地域でも高齢者の割合が40%を超えます。10人に4人が高齢者の社会を想像してみてください。当然、助け合いがないと地域そのものが崩れていくと思うんです。普段から福祉に触れ合う機会をつくれる場が、今こそ必要だと考えています。
「B.B.B HOUSE」とは
なにか?
——「 B.B.B HOUSE」という場のコンセプトや目指す未来像について教えてください。
北辺:
「B.B.B HOUSE」というコンセプトは、3つのBで成り立っています。ひとつめの「B」は、B面やB級品といったように、A(Anser=答え)だけではない、物事の見方を変えることを肯定する考え方。ふたつめの「Be」は、Having( 持つこと)やDoing(行うこと)ではなく、ありのまま在ることを肯定する「Be(Being)」動詞を大切にすること。そして、3つめの「Bee」は、働き蜂と訳されますが、働き者であること、つまり、誰かのために働くことを肯定する考え方です。この3つのBをコンセプトに、これまで価値がないと見過ごされてきたモノやコト、あるいは人の側面に光を当てる場所を構想しています。
——具体的にどのような事業やサービスを展開されるのですか?
北辺:
地域の人にも足を運んでいただきやすいカフェのほか、建物の中に農園をつくってバニラ栽培をしたり、将来的にはそのバニラをブランド化して商品展開する予定です。あと、地域の農家さんと連携したジャムなどの販売やワークショップも企画中。それに「Bの棚」というショップスペースを設けて、大山崎エリアの魅力的な産物を販売したり、篠田さんらの飛鳥と連携して人間国宝の方々の協力を得て一般流通しないプロダクトをBの棚で販売する構想もあります。正直、モリモリなんです(笑)。
篠田:
飛鳥は、多様な文化や人、モノをつなぐメディアなんです。たとえば、ここで生まれたプロダクトを船内で提供したり、福祉施設を巡るツアーを組んだりしたっていいですよね。豪華客船と福祉、一見かけ離れているからこそ、その間を繋ぐことに面白さと価値が生まれます。
——特に不思議なのはバニラ農園の存在です。なぜバニラなのですか?
北辺:
バニラは、本来、亜熱帯の中南米原産地ですが、今年、京都市が「暑さの50-50」を達成したように、ここ大山崎も例外ではなく、温暖になりつつある風土をポジティブに転換できないかと思いました。また、バニラは「銀よりも高い」と言われるほど国際価格が高騰しているのですが、日本ではそのほとんどを輸入に頼らざるを得ない状況です。そして、なによりバニラ栽培の「受粉作業」は、一つひとつ手作業でおこなう必要があります。この細やかで高い集中力を要する作業は、福祉の仕事にすごく向いていると感じました。
北辺:
さらに、この場所を拠点にした「バニラボ」という構想も進めています。ここではバニラを使った新しい商品開発はもちろん、味覚や嗅覚をテーマにしたワークショップ、バニラの生態を学べる常設展示などを展開します。単に作るだけでなく、食や香りといった京都が有する文化レガシーとの組み合わせによって、バニラの可能性を探求し、発信する拠点にしたいと考えています。
——向陽福祉会さんにとっては、障がい福祉やカフェ事業の運営も、これまでではなかったトライです。福祉事業者が「B.B.B HOUSE」のような、多目的事業と連携する価値はどこにありますか?
高桑:
障がいがあっても働きたい方にとって、その選択肢が広がることは間違いありません。加えて、豪華客船で提供されたり、人間国宝の作品と一緒に並んだりする可能性がある。その経験は、働く方々にとって計り知れない価値と自信、そしてやりがいに繋がるはずです。つまり、生産の場でありながら加工の場でもあり、体験の場でもあり、流通の拠点にもなりうる。作って終わりではなく、価値付けるところまでデザインされることで、福祉の現場からこんなにクリエイティブなものが生まれるんだ、ということを示せる。
北辺:
福祉の仕事といえば、社会からこぼれ落ちた仕事を支えるための“バックヤード”のような印象がありますが、そうではなく、就労支援のあり方そのものの見方を捉え直すのが、まさに3つのBに込めた想いです。働くことがその人の尊厳に繋がり、その人自身を肯定していく、そんな循環を生み出したいですね。
岡山:
僕は「B.B.B HOUSE」というのは、一つの建物ではなく、社会的な支援の「新しい循環」を生み出すプラットフォームになると思っています。篠田さんらアンカー・シップ・パートナーズがもつ全国の金融機関や伝統工芸といったコネクションを呼び水に、これまで福祉とは直接繋がってこなかった「クローズドなネットワーク」が、この場所を介して再接続されることにワクワクしています。金融界が障がい者採用の法定雇用率に遅れをとっていることや、価値ある伝統工芸品がバックヤード不足で廃棄せざる得ないといった状況を聞くと、業界ごとの課題を単独で解決せず、この場への支援のように新しい関係性によって解消していく社会システムになりうると思っています。
髙桑:
それは、大切な視点ですね。失われつつある地域の力を回復するうえで、地域単体で考えずに広義の意味での助け合いこそ、持続可能な新しい社会システムに思えます。
「B.B.B HOUSE」が考える
「新しい循環」
——ATVKは、10年という期間の制約があります。
篠田:
10年と聞いた時、カウントダウンのようでおもしろいと思ったんです。飛鳥のプロジェクトで、千住博さんという世界的な日本画家に絵を依頼した際、「(永遠ではない)船と運命を共にさせたい」と仰ったんです。その儚さに日本の美学があるというわけですが、10年間という有限性のなかで、ひとつの何かを創り上げるっていう考えを、まずは前向きに捉えたいんです。これまでの事業で日本中の地方銀行さんとお付き合いがあり、このネットワークを使えば、「B.B.B HOUSE」のような活動を「京都モデル」として全国に展開していけると考えています。
北辺:
事業としても持続性を重視しています。バニラはプランターで栽培するため次の場所へ移動できますし、私たちが目指すのは地域の一次産業・二次産業・三次産業をうまく福祉と連結させるプラットフォームになること。この場所で生まれた仕組みやノウハウは、他の地域でも必ず活かせます。10年という時間は、そのためのインキュベーション期間だと捉えています。
髙桑:
この場所が地域コミュニティをどう変えていくかが楽しみです。福祉が特別なものではなく、暮らしの風景に溶け込んでいく。そのきっかけになる可能性に賭けてみたいんです。そのためには、自分たちのためだけでなく、地域の農家さんのような「誰かの困りごと」を解決する装置として福祉が機能すること。地域の困りごとを解決すれば、そこに感謝と対価が生まれ、働く人の収入も向上するのではないでしょうか。福祉が地域にとって不可欠な存在になる、そんな未来を描いています。